憎みきれないろくでなし『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』
ティモシー・シャラメが実在の卓球チャンピオンに

推薦人:まつかわゆま

ティモシー・シャラメが実在の卓球チャンピオンに

 

 24年はボブ・ディランの完コピでオスカー主演男優にノミネートされ、受賞すれば史上最年少タイ!と話題になったティモシー・シャラメ。続く今年も主演男優賞にノミネートされ、30歳で3回の主演男優ノミネートはマーロン・ブランドと並んだ!と騒がれている。男優賞は女優賞よりも年齢が高い俳優が受賞することが多い。逆に言うと若い男優にはなかなかチャンスが回ってこないともいえる。その中で2018年『君の名前で僕を呼んで』の初ノミネート以来3回目でやっと30歳というシャラメがオスカーを受賞すれば、若い映画ファン、女子も男子もアカデミーもヤルじゃん!という感じになりはしないかと、筆者も期待しているところである。
というわけで『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』である。
監督はサフディ兄弟の兄の方ジョシュ。弟ベニーも格闘家マーク・ケアーを描く『スマッシング・マシーン』を監督し、兄弟がそれぞれに単独監督作でも十二分に才能があると証明して見せた2025年だった。2作とも実在のアスリートをモデルにした作品というのが面白い。ただし、ジョシュの『マーティ…』はモデルとなったマーティ・リーズマンの人生からはだいぶ飛躍したフィクションになっている。とはいえ、映画の中で繰り広げられる突拍子もないエピソードはリーズマン本人のものに基づいているものも多いようだ。

人妻と不倫中のマーティ。とにかく、もてもて
ロンドンで無理やり知り合った元大女優・現富豪妻(グイネス・バルトロウ)ともベッドイン。

全米から世界チャンプを目指すマーティ。しかし怒涛の不運沼にどっぷりと?!

時代は1950年代前半。ニューヨークのローウアー・イーストサイドで母親と狭いアパートで暮らすマーティ・マウザー。叔父が経営する靴屋の店員をしながら、いつか卓球の世界チャンピオンになりセレブの仲間入りをしてやると虎視眈々とチャンスを狙っている。しかし、全米チャンピオンになってもマイナースポーツ、というか一般的にはスポーツとして認められてもいない卓球=ピンポンのチャンピオンでは、靴屋もやめられず母親との同居もやめられない。遠征費用ですら自前で準備しなければならないが、世界チャンピオンになるためならとマーティは靴屋の売り上げに手を付け、世界選手権が開かれるロンドンへ飛ぶ。が、結果は…。アメリカの占領が終わり独立国になったばかりで世界選手権に復帰した日本の選手・遠藤(デフリンピックのメダリスト川口功人)に決勝で負けてしまったのだ。リベンジを誓うマーティ。
が、帰国したマーティを待っていたのは怒涛のように押し寄せる不運…と言っても全部自分が蒔いた種、なのだが。ロンドンで宿舎を抜け出し勝手に泊まった高級ホテルの代金を返済しない限り大会には出さないと言われ、叔父からは強盗として訴えられ、不倫の恋人からは妊娠を告げられる…まさに八方ふさがりのマーティは、どうやってこの危機を乗り越えるのか?!

50年代のNYから、ロンドン、日本など世界を駆け巡るマーティ

「何が何でも成功したい、一番にならなければ、金持ちにならなければ、負け」という時代

詐欺師・ギャンブラー・密輸人・ジゴロ。とにかく何でもいいから稼がねばと、なりふり構わず走り回るマーティの窮余の一策はことごとく空回り。サフディ兄弟の作ってきた映画の主人公たちは大抵一発大逆転を狙ってはドツボにハマってひどい目に合うことになるが、マーティもサフディ沼の住人だった。そして彼の周りの人々は期待しては裏切られ、利用されては裏切られる。なんという、ろくでなし!!
このろくでなしぶりは『ウルフ・オブ・ニューヨーク』のディカプリオに匹敵する。そして、それでもティモシー・シャラメもレオナルド・ディカプリオも魅力的、なのである。
『マーティ…』も『ウルフ…』もアメリカが自信満々で狂っていた時代を舞台にしている。経済的成功、つまり金儲けがうまくいった者が勝者で、貧富の格差が開いていく時代。そしてその勝者は必ずしも銀のスプーンを加えて生まれていなくても可能性はある、と思えた時代である。”アメリカン・ドリーム”を信じられた時代、と言ってもよかろう。(ジョシュ・サフディ監督は本作の挿入曲に80年代のヒット・ソングを使っている。その軽さ・明るさ・きらびやかさが”アメリカン・ドリーム”を信じた時代というところで通底しているからだと語っている)
本作の舞台になっているのは、第二次世界大戦が終わり、戦場にならなかったアメリカは戦場になった国々相手に大儲けをし、西側の覇者として冷戦に突き進んでいく時期である。マーティは第二次世界大戦の兵士には若すぎ、おそらくやせっぽちの眼鏡のユダヤ人青年を朝鮮戦争に引っ張り出すほどはアメリカ軍も人手不足ではなく、つまり戦争ヒーローにはなれなかった青年だった。やせっぽちの眼鏡のユダヤ人青年は映画スターにも、流行歌手にも、野球選手にも、ボクサーにもなれなかった。ただ、一つ、ピンポンが巧かったのである。だから、マーティは必死になる。まずはピンポンの地位を上げること、そのためにはアメリカ・チャンピオンである自分が世界チャンピオンにならなければならない。世界チャンピオンになってやっとみんなが振り向く人物になり、新聞や雑誌に出たりテレビに出たり、コマーシャルに出る有名人になれるだろう。そうすれば、もう誰も自分のことをやせっぽちの眼鏡のユダヤ人小僧、とは扱わない。そんな”男”になるために、今、目の前の困難をどんな方法を使ってでもクリアして見せる。そんな必死さ、誰かのまねをしているのではない頭の回転の良さ、フットワークの軽さ…若さ、である。

ミュージシャンや監督、実業家などの非俳優をキャスティング。詐欺まがいの試合を助ける相棒役にラッパーのタイラー・ザ・クリエイターなど。

周りが見えていない、というあたりは困りものだが、最初から踏み台にしてやろうというつもりはさらさらないのである。うまくいけば一緒に高見に登れるはずだから、ちょっと手伝ってくれ、というつもりで周りを巻き込んでいくのだが、いかんせん、ひげも生えそろっていないような23歳の若造なのだ。失敗の連続。そう、多くの青年のように。けれどマーティは諦めない。次へ次へと転がり続ける。そんな”若さ”のがむしゃらさが、マーティの憎み切れなさを感じさせるのだ。憎み切れないろくでなし。マーティを一言でいうならば、この言葉がふさわしい。ここはオトナの余裕で見守ってやりたいものである。

さて。ここに来てティモシー・シャラメもすこしばかりおっちょこちょいな言動があってオスカー受賞が揺れているけれど、そのあたりを”若さは馬鹿さ”と飲み込んで彼の手にオスカー像が握られますように。日本のおばちゃんは楽しみにしているのであります。

ラケットがハードタイプからラバータイプに代わる節目に、ハードタイプにこだわったのがマーティ(のモデルになった選手)だった

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』

◆コピーライト:© 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.
◆配給:ハピネットファントム・スタジオ
◆公開日:3月13日(金) TOHOシネマズ 日比谷
他全国ロードショー