女性虐待の黒歴史を背景にした人間ドラマ『決断するとき』
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推薦者:遠藤京子

主人公のビルは石炭商で、アイルランドの地方都市で妻と5人の娘と貧しいながらも幸福に暮らしている。しかし最重要顧客である修道院の施設で、少女が虐待されているのを目の当たりにしてしまう。ビルは少女を助け出さなくていいのか悩む。
キリスト教国では教会や修道院は絶大な権力を持っていたし、いまでも少なからぬ影響力がある。この作品でもビルの娘が通う学校を修道院が運営していて、街の人々は修道院で何かが起こっても見ないふりをしている。もしビルが行動を起こせば家族ごと孤立することも容易に想像できる。汚れた手を執拗に洗うイメージはキリストを見殺しにしたピラトの逸話に重なる。
原作は、マグダレン洗濯所という施設で実際に起きた収容者虐待事件をもとにした『ほんのささいなこと』。マグダレンとは娼婦だったが改心してキリストの弟子になった新約聖書のマグダラのマリア。そんな名前がつけられた施設にはシングルマザーなどふしだらだと決めつけられた女性たちが収容されていた。しかしこの施設では支援と称して寝場所と質素な食事を与える代わりに彼女たちを無報酬で重労働させ、逃げようとした女性を極寒に晒して死なせたりしていて、事件が発覚したのも93年に修道院が投資に失敗した結果、土地の一部が売られて開発された際に155の遺体が埋まった無名の墓が発見されたため。映画の修道院の描き方はこれでもかなりマイルドなのだ。洗濯所の顧客には軍など政府機関も入っていたが、軍側は正規の洗濯料金を払ったとしており、明らかにピンハネも行われていた。2010年に政府が正式に謝罪したが、まだ調査が終わっていない大スキャンダルだ。
ビルがバーの事務所で石炭の料金を受け取るとき、バーで流れているのがヒューマンリーグの『愛の残り火』で、この映画が描いているのが戦前や1950年代ではなく、80年代なのだと思い出させてくれる。冒頭にも85年とテロップが出るのだがあまりのことに忘れていたので、これが非常なショックだった。『愛の残り火』はバーのウェイトレスだった女性が、その生活から引き上げてくれた同棲相手の家から自分の人生を生きるために出ていくという歌詞で、そんな歌が流行っている時代の西側の先進国で、若い女性がアウシュビッツみたいな施設に入れられていた。街の人々は『愛の残り火』を聴きながら、施設で女性の自由が奪われていることには疑問を抱かなかったわけだ。労働者に優しいバーの女主人も、優しいからこそビルに修道院とはうまくやるように忠告してくる。ビルが修道院長に目をつけられたという噂が数日後には街の人々に届いているのも怖い。
原作に魅せられ製作し主演したキリアン・マーフィーも素晴らしいが、修道院長を演じるエミリー・ワトソンの演技は圧倒的でベルリンで助演俳優賞を受賞した。権力者の非道を知ってしまったとき、犠牲者を目の前にして不正を見過ごせるのかを観客に問うてくる力強い作品だ。