
レポート:遠藤京子
国家が運営する歴史ある映画祭
国際映画批評家連盟(以下FIPRESCI)の派遣で6月15日から21日まで行われたムンバイ国際映画祭に審査員として参加してきた。ムンバイは旧名ボンベイ、眠らない街とも言われるビジネスの中心地。ボリウッドの撮影所もこの都市にある。明け方も夜中もどこかで車のクラクションが聞こえる土地柄だ。
ムンバイ国際映画祭は短編映画とアニメとドキュメンタリーの映画祭だ。長編フィクション以外の映画祭では南アジアで最も古く最も大規模な映画祭と言われ、インド情報・放送省が主催する国家的イベントとして1990年から2年に1回開かれていて今年が19回目だった。大会を運営するのはインド国立映画開発公社(NFDC)で、上映も公社で行われる。

FIPRESCI賞受賞作
私たちFIPRESCIはインド国内のコンペティションのうちドキュメンタリー部門の出品作26本の中から1本を選ぶ。受賞作は20分の短編『The Hug of Emptiness』に決定した。主人公は富裕層の末子だったが両親が亡くなってローンのカタに屋敷や財産を銀行に取られ、一人で森のほったて小屋に住んでそれでもまだ裁判で戦おうとしている。森の木でかごを編んで生計を立てる貧しい暮らしだが、ソーラーパネルを使用してスマホも使っている。悲惨な環境にいるのに悲壮感はあまりなく、禅僧とハックルベリー・フィンを足したような佇まいで人間的魅力があり、孤独な戦いを24年間も続けている強さが審査員を惹きつけた。

心に残った秀作ドキュメンタリー
候補作は優れたドキュメンタリーが多かった。『Here Among Strangers』は都市開発が進むムンバイ近郊でいまだ農業を続けている農夫を撮った。高層マンションに囲まれて「周囲はよそ者だらけだ」と呟く。ただ事実を述べたように淡々とした口調だ。「昔はバスに乗るなんて考えもしなかった」とバスに乗って姉を訪ねて高層マンションに行く。姉の息子たちは10年前に農業をやめて不動産業者に土地を売ってしまった。近代的で立派なマンションだが無個性な郵便受けやドアに姉は当初は自分の家がわからなかったという。お金を稼ぎたい、そのためには都市に住みたい、人々の欲望は果てしなく大地をコンクリートに変えてしまう。「いつか農業はなくなる そうなると人も暮らせなくなる(Farming will vanish one day so will human)」。製作はプネのインド映画テレビ研究所。開発による環境変化について描かれるべきことがこの14分の短編の中にすべて描かれていた。
サタジット・レイ映画テレビ研究所の学生が製作した『Jatra Pala, The Echoes of An Open Stage』は21世紀のいまでも大人気のベンガル地方の大衆演劇を取り上げた26分の作品だ。天井から無数のマイクが下がった――つまり俳優のすべての立ち位置にマイクが下げられている――巨大ステージを野外に設営することにも驚いたが、その芝居を見るためにキャンプして待つ人々がいる人気の高さにも驚いた。スマホに慣れた若者をも惹きつけるために音楽を現代的に変えるなどの工夫も凝らしている。登場人物はみんなユニークで生き生きしていてインドサブカルチャーの豊さに圧倒された。日本でも数年前に民謡歌手たちを描いたドキュメンタリーが大ヒットしたが、サブカルチャーにこそ国民の人間性が現れる。舞台上では必ず正義が勝つ、正義の勝利を観客に見せる私たちには責任があるのだという主演俳優の言葉にも感動した。
国内・国際コンペティション受賞ドキュメンタリー
映画祭全体で、審査員は、私たちFIPRESCIの3名のほか国際コンペティションと国内コンペティションでそれぞれ5名ずついて、表彰式ではベストドキュメンタリー、ベストアニメ、ベスト短編など作品賞のほか、ベスト編集、ベスト撮影監督、ベストサウンドデザインなど17部門の作品に賞と賞金が授与された。国内コンペのベストドキュメンタリーは『Waai』が受賞。
これも、たった4人にまで減ってしまったスーフィの歌い手が子どもに伝統を継承していく美しい作品だった。砂漠を渡っていく4人はまるで萩尾望都のSF漫画のワンシーンのようなのだ。日本で見せたらさぞや話題になるだろうと思われた。インドのドキュメンタリーはこのところ山形ドキュメンタリー映画祭などの映画祭から日本で一般公開される作品も増えてきた。ボリウッドのファンも多いが、ドキュメンタリーにも是非目を向けてもらいたい。ボリウッド作品を見るときも背景がよくわかって面白さが倍増するはずだ。
国際コンペのベストドキュメンタリーは『Silver』だった。ポトシ銀山で搾取される労働者を描いた同作はクラクフ映画祭でもグランプリを受賞しているのにこれだけ見逃してしまった。なんとか日本で配給されないものだろうか…。
コンペティション以外の上映も興味深かった。ドキュメンタリー目当てで参加したが、短編の魅力も再認識し、すべての作品から多くの学びを得た。大変貴重な経験をさせていただき、感謝している。


