スカーレット・ヨハンソンの初監督作『エレノアってグレイト。』

推薦者:飯島一次

スカーレット・ヨハンソンの初監督作品は現代のニューヨークが舞台で明るいユーモアに包まれているが、背後にはナチスのホロコーストが影を落とす。
昔から仲良しのエレノアとベッシー、それぞれの夫を亡くし、高齢者となったので、ふたり一緒に暮らしている。陽気でおしゃべりで調子のいいエレノアと寡黙で生真面目なベッシーは馬が合うのだろう。ふたりで買い物しても、エレノアはつい、店員に余計な口を出し指図してしまう。
だが、ある日、ベッシーが病気で倒れ、そのまま亡くなる。
エレノアの娘リサは高齢の母を心配し、ニューヨークに呼び寄せる。施設に入るのが一番だが、とりあえずアパートに同居させる。
老いてもまだまだ元気なエレノア、閑を持て余し、リサの勧めで歌のサークルがあるからと、ユダヤ系のコミュニティセンターに出向くが、どうも気が進まない。廊下に立っていると、別の高齢女性が声をかける。
「あなた、こっちですよ」
ついて行くと、何人もの高齢者。参加者たちの話を聞いて驚くエレノア。そこはホロコーストを生き延びた人たちが体験談を語る集会室だった。
順番が回って生まれを訊かれ、エレノアは思わずポーランドと言ってしまう。そしてナチスが突然やってきて、兄とふたりで逃げたが、兄が目の前で射殺され。
エレノアの過酷な体験談に息を呑んで耳を傾ける人たち。終了後、集会に参加していた若い女性がエレノアに声をかける。ジャーナリスト志望の学生ニナ。大学の新聞に記事を書きたいので、詳しい話を聴かせてほしいと申し出る。困るエレノア。なぜなら、エレノア自身はアメリカ生まれのアメリカ人で、ユダヤ系の男性と結婚してユダヤ教に改宗したのだ。ホロコーストは話に聞くだけで、実際に経験はしていない。
集会で語ったのは口から出まかせ。というより、亡くなった親友ベッシーからいつも聞かされていた悲惨な実体験そのものだった。ニナの懇願に嘘と言えなくなり、エレノアはベッシーの話を自分のことのように語り出す。
大学新聞の記事は好評で話題になり、エレノアは注目され、ニナの父親でTVのキャスターをしているロジャーが番組で取り上げることになるのだが。
口から出まかせの嘘ではあっても、圧倒的な軍事力により家族を殺され、全財産をなくし、身ひとつで命からがらアメリカに逃げ延びた幼い少女の体験談。そこには真実のリアリティがあった。

主演のジューン・スキップは現在九十六歳。元々はブロードウェイの舞台女優だったが、六十過ぎにウディ・アレンの『アリス』で映画出演、いくつか脇役を演じ、二年前の『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』で、実年齢の役で初主演。特殊詐欺に引っ掛かった孫のために奮戦するおばあちゃんを演じた。今回の『エレノアってグレイト。』もほぼ実年齢の役で主役を務める。
ハリウッドでは、かつて大活躍したスター女優が年齢とともに出演作が減り、消えていくことが多い。高齢化社会で高齢の観客も増えているので、高齢の俳優が活躍する佳作がこれからもっと増えることを期待する。

エレノアってグレイト。
監督:スカーレット・ヨハンソン
キャスト:ジューン・スキッブ、エリン・ケリーマン、キウェテル・イジョフォー、ジェシカ・ヘクト、リタ・ゾーハー
2025年製作/98分/アメリカ
6月12日(金)より新宿バルト9ほか全国順次公開
配給:東映ビデオ