『急に具合が悪くなる』と齋藤敦子さんのこと
© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

推薦者・関口裕子

映画とは対話なのだ。
濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』を見ている中、私はずっと抱えていたテーマと、映画を介して対話している自分に気づいた。

『急に具合が悪くなる』の主人公は、2人の女性。パリ郊外の介護施設の施設長として理想の介護のあり方を模索するマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)と、精神病院の改革に身を投じたイタリアの精神科医フランコ・バザリアに着想を得た芝居の日本人演出家でステージⅣのがん患者である真理(岡本多緒)。“偶然”にも同じ名前を持つ2人が、出会い、魂の分け合いという“運命”に慎重に寄り添う約4週間を描く物語だ。

冒頭、マリー=ルーの介護施設で小さな事件が起こる。シモーヌという老婦人が興奮状態となり、介護士らが彼女を抑え込むという事件。シモーヌが声をあげたのは、大切にしていた指人形を落したから。しかし病を患う彼女には、それを介護士らに伝える術がなかった。

シモーヌは、かつてパイロットだった。フランスではパイロットの約1割が女性なのだそう。パイロットになるには、国家資格を得たうえ、選抜試験を突破しなくてはならない。シモーヌもさぞ優秀なパイロットだったのだろうと思う。棚に飾られた彼女の数少ない持ち物がそれを物語る。ただし、介護施設でのシモーヌは、ただの“老人”。皆が見ているのは、彼女の魂を長年にわたり包んできた“身体”という容器と老人という記号だけ。その中にある感情や人生には誰も注目しない。今の彼女に求められているのは、誰の迷惑にもならず、静かに暮らすことだけなのだ。

『急に具合が悪くなる』© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

マリー=ルーがこの介護施設で試みるのは、記号化から利用者を解放し、人間らしさを取り戻させるケア。“ユマニチュード”という。目線を合わせる、対話する、抑え込まない、自分の足で歩かせるという4つの基本からなるもので、効率やリスク回避を求めるケアとは対極にある。そのため介護士や、理事らの評判はすこぶる悪く、マリー=ルーの悩みもそこにあった。

理想と現実のはざまで疲れ切ったマリー=ルーは、真理が演出した芝居『近づいてみれば、誰もまともな者はいない』に出合う。テーマは偶然にもマリー=ルーの悩みと同じ。この芝居は、マリー=ルーの胸に突き刺さる。真理、真理が演出する一人芝居の演者・清宮吾朗(長塚京三)の自閉スペクトラム症の孫・智樹(黒崎煌代)、マリー=ルーの介護施設の利用者ら。ともすれば全員、患者や老人と記号化され、内面を理解される機会を失う可能性を持っている。だからこそ戦っている。真理は、当事者として“末期のがん患者”という記号になることと。そしてマリー=ルーは、構造を創り出す側として施設利用者が“老人”以外の個性をはく奪されることと。パリという町でこの2人が出会う意義と確率に心が震える。

この日、初めて会った2人は、セーヌ川岸を歩き、橋の下でダンスを楽しみ、高揚感に酔い、人生で初めて「今夜は帰りたくない」と言って笑い合う。まるでテヴェレ川ほとりで踊り、初めて心を解放した、『ローマの休日』のアン王女のように。

映画と同タイトルの原作は、哲学者・宮野真生子と文化人類学者・磯野真穂、2人の女性の往復書簡であり、映画のようなストーリーは持っていない。ただマリーと真理、磯野さんと宮野さんの物語は、リンクしているように感じる。学会で偶然、宮野さんと出会い、往復書簡を始めた磯野さんは、2カ月が、5年のように感じたという。濱口監督は、彼女が、「私はその偶然をかき集めて必然の生産点にし、自分にとっての出会いの意味をそこに見つけようとしました」と綴った感情を、橋の下で踊るマリーと真理のシーンに翻案したのだと解釈した。

映画とは見るだけでなく対話するもの

『急に具合が悪くなる』© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

 
本作を見ながら私は、日本映画ペンクラブの幹事であり、映画評論家、字幕翻訳家で、この4月に亡くなった齋藤敦子さんのことを思い出していた。長塚さんの演じた吾朗の一人芝居が、日本が世界初演だったフランス人俳優ジャン・レノの一人芝居『らくだ』を想起させたからだ。『らくだ』の字幕は、当初、斎藤さんが手掛ける予定だった。

当時の齋藤さんは、ステージⅣのがん患者。それこそ“急に具合が悪くなる”ことがあるのを意識しながらも、よく食べ、よく仕事をし、宮野さんや真理と同様、人生を手放すことなく、病と共生していた。「治ったら〇〇しよう」ではなく、いまできることをやるのだと。

齋藤さんは、字幕の代わりにパンフレットへ「ジャン・レノと彼の航海」を寄稿している。演出は、斎藤さんが脚本翻訳を手掛けた劇作家フローリアン・ゼレールの「家族三部作」と同じく、ラディスラス・ショラー。「私はショラーの演出を身近で見てきたから、彼が台本に忠実でいながら、いかに見事にエンターテインメントな作品に仕上げるかを知っている。だからこそ今回の公演が楽しみで仕方がない」「ジャン・レノの人生を形作ってきた人との出会いと出来事の連なり―彼の言葉でいう“航海”―を、(中略)唯一無二の作品に創りあげてくれるに違いない」と齋藤さんは書いている。

齋藤さんがいう“人生を形作ってきた人との出会いと出来事の連なり”とは? 磯野さんがいう“偶然をかき集めて必然の生産点にし、自分にとっての出会いの意味を見つけようとした”とは? そして濱口監督が、そうであることを望んで止まない理想を、いまこの時代に、奇跡の物語として映画に焼き付けた意味は?

齋藤さんならなんと答えるだろう? 私は映画と対話している。

『急に具合が悪くなる』大ヒット上映中!
配給:ビターズ・エンド
出演:ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代
監督:濱口竜介
原作:宮野真生子・磯野真穂著『急に具合が悪くなる』(晶文社)
公式HP:https://www.bitters.co.jp/soudain/