
推薦者:遠藤京子
本作は名匠ホセ・ルイス・ゲリン監督が、バルセロナ郊外のバルボナ地区とそこに暮らす人々を描いたドキュメンタリーだ。
アバンタイトルでジャズをBGMにアレ、ブレ、ボケたモノクロームでとらえられた住民たちが踊ったり水浴びを楽しんだりする姿が映される。50年代ごろの記録映像かと思ってしまうが、子どもがニルヴァーナのTシャツを着ていたり背景にグラフィティが見えたりして現代なのだとわかる。すでに監督の映像の遊びに引きこまれている。だんだんカラーになっていく夜の道路。バルボナという場所の来歴がテロップで表わされる。20世紀初頭に小規模農業主を念頭に農園の開発が計画されていたがスペイン内戦で頓挫し、南から来た人々が住み始めた地域だと。郊外という感覚では東京圏での多摩地区みたいな感じだろうか。
タイトル後、撮影チームの「映画に出たい人募集」の張り紙が映し出され、いろいろな人々が口々に土地の思い出を話しだす。「水道や下水がなかった」「うちの井戸の水はうまくてみんな飲みにきた」「ここには何もないからもうすぐ出ていくつもりだ」「ここにはなんでもある! 山も川も自然も」。住民たちの中には昔から農業を営んできた人や自然が多い場所を選んで望んでここで暮らしてきた人もいるが、バルセロナ中心部の地価が上がりすぎて地価が安い場所を探して引っ越してきた人々もいれば、立ち退きにあって仕方なく公団住宅に住む人々もいる。しかし高級住宅地ではないからこそ住人たちは人懐こくて、川辺のピクニックではすぐに会話が始まる。ウクライナから逃げてきた人もいれば、ロシアから移住していて自国政府の暴力にショックを受けた人もいる。そのウクライナから来た人とロシアから来た人が会話していて、ロシアから来た人は「肩身が狭い」と嘆いている。会話の背景は悲惨だが、画面はひたすら牧歌的だ。
もちろん、バルボナは天国などではない。高速鉄道の説明会のシーンもあり、再開発やジェントリフィケーションを思い出させられる。撮影冒頭に出てきた老人―還俗してまで結婚した元司祭なのに妻に先立たれた―が撮影途中で亡くなってしまう。さらなる立ち退きがあって、美しい樹木が伐採される。しかし目の覚めるようなラストで、庶民のしたたかさみたいなものも監督は見せてしまう。ドキュメンタリーだが山本周五郎の長屋物を読んだような面白さがあった。
Orfeo Iluso - Perspective Films - 3CAT - Los Ilusos Films - Los Films de Orfeo © 2025
『よき谷の物語』7月3日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかでロードショー
配給:コピアポア・フィルム
監督:ホセ・ルイス・ゲリン
公式HP:https://goodvalleystories.jp


