
推薦者:立花珠樹
戦争は前線の兵士のみならず、銃後の人々も犠牲にする。最も悲惨な目に遭うのは、高齢者や子どもを含む社会的弱者だ。
1945年、第2次世界大戦敗戦前後のドイツの小さな島を舞台にした『白パンと独裁者』は、12歳の少年を主人公に、戦争の狂気と、大きな歴史の渦に巻き込まれた人々のドラマを描いた作品だ。
監督は、米ゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞を受賞した『女は二度決断する』(2017年)などで知られる名匠ファティ・アキン。アキンの恩師であるドイツ映画界の重鎮ハーク・ボームが、自らの少年時代の体験を書いた長大な脚本を、アキンが改稿して、監督した。
映画のラストに出演するボームは、ドイツ国内での公開(2025年10月9日)直後の11月14日、86歳で死去した。文字通りぎりぎりのタイミングで、1973年生まれで自らは戦争体験がないアキンが、恩師の戦争の記憶を映画として残すことができたのだった。

ドイツ北部、デンマークとの国境に近い北海に浮かぶアムルム島。干潮時には隣の島に歩いて渡れる長さ約10㎞、最大幅2.5㎞の島だ。第2次大戦の形勢が不利になった頃、12歳の少年ナニングは、大都市のハンブルクからこの島に疎開してきた。ナチス幹部の父親が戦争捕虜になり、身重の母と幼い弟妹、叔母と一緒に暮らしている。
島民の間には厭戦気分が広まっているが、ナニングの母は依然としてナチスとヒットラーを狂信的に支持しており、そのことでトラブルも起きる。だが、4月30日にヒットラーが自殺。ショックを受けた母は、出産後生きる意欲を失う。ナニングは、食事を拒む母が唯一望んだ「バターと蜂蜜つきの白パン」を求めて、奔走する。
母の命を救いたい一心で、都会育ちの少年が農業や狩猟で生活している島の人々を訪ね、なんとか食材を得ていこうと努力する姿は、けなげだ。『インデペンス・デイ』『ジャッカル』などの撮影監督、カール・ウォルター・リンデンローブが映す美しい島の自然を背景に、戦争に負けて食料がないことの悲惨さが、インパクトのあるエピソードを通して描かれていく。
加害の歴史も継承する

特筆すべきは、ナニングの父母や親族が、ホロコーストに結果的に加担した出来事が、印象深く描かれていることだ。恋人のユダヤ人女性を強制収容所で殺された叔父に向かって、ナニングは「僕のせいじゃないよ」と抗弁するが、叔父はこう言って突き放す。「でも、おまえを見ると思い出す。いやでもおまえの親をな」。私たち日本人にも突き付けられた言葉のように感じた。
両親がトルコ移民であるアキンは、極右政党の台頭が大きな問題になっているドイツの現状を憂い「私は、この国をナチスに明け渡したくないのです」と発言している。そのためには、過去の過ちを学ぶことが大切だというメッセージが、このエピソードに込められている。
上映時間93分。最近では珍しいコンパクトな映画だが、驚くほどたくさんの出来事が凝縮されている。ラスト近くに、ほんの少しだが、初恋の甘酸っぱい香りが漂うのに、救われる。
『白パンと独裁者』と同じ時代、日本でも学童疎開があった。ナニングと同じように都会から田舎に疎開した少年を主人公にした篠田正浩監督『少年時代』(1990年)と併せて見るのもお薦めしたい。
配給;ビターズ・エンド
8月7日(金)公開

